エッセイ52-Essay52- 1997.08

<お先にどうぞ>

 オホーツク地方の6月は霧雨、低温がならいである。ところが今年、月後半から急に温度があがり、半袖に短パンでなくてはすごせないような日々となった。

 雨上がりの、むしっと暑いある日、私は右に左によりながら、草花を求め狭い山道を、のろのろ運転でやっていた。

 「こういう日は、あいつが道にでて来るかもしれんな。」何か予感めいたものがあって、いつもよりさらにゆっくり転がしていた。

 「ぬぬっ」道に何か横たわっている。「木の枝かな」ゆっくり近ずいてみると、案の定それは細長い、は虫類だった。

 ぎりぎりそばによっても動かない。少しバックしてクラクションを響かせた。身じろぎもしない。スピードをあげて近ずき、急ブレーキで脅かしてみた。だめ。車から降りて、何回か道の小石を握って投げつけた。体にパラパラ当たるが、二つに割れた舌をペロロペロぺロ出し入れしているばかりで、体をうごかす気配をみせなかった。

 「わかったよ、たしかにおまえが優先だ。先にここに来ていたんだから。」

 私は缶コーヒーの口を切り、チビチビやりながら彼が動き出すのを待つことにした。ハルゼミが、じんじんうるさいほどに恋人を呼んでいた。

 「おい、そこの意固地な奴。おまえは運がいいな。俺以外の人間だったら、とっくにふんずけられているんだぞ。意地を張るのもいい加減にしておけよ。」

 10分ほど待ったが奴は動かない。タバコに火を付けさらに待った。

 「こりゃ参ったな。釣り人か山作業の車がこなけりゃいいが。」さすがに焦りを感じ始めた。

 「おい、そこの白樺、おまえから、あいつに言ってやってくれないか。いいかげん意地を張るのをやめて、早く草の中にはいるようにって。おれは轢きたくはないんだ。」

 そしてまもなく、奴はひどくゆっくりながら砂利道をすべるように動き始めた。私はこの長虫が、どんな原理で前へ進むのか、この際見届けておこうと瞳をこらしていたがついにわからなかった。ミミズのように伸び縮みで動くのではないことは判ったのだが。

 数日たった今、体のくねりになにか秘密がありそうだとは考えている。


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