エッセイ55-Essay55- 1997.08

<グミジャム>

 「ほら、ミッチャン、これたべてごらん。甘くておいしいんだよ。」

 「すっぱいよー。ミッチャン、いらなーい。」

 私は孫と黒っぽく熟したグミのまえで押し問答をしていた。今年は六月後半から気温がぐんぐん上がり七月末には三十度の高温に恵まれ、八月はじめには完熟状態になっていた。

 「じゃー、ジージがジャムをつくってやるよ。パンにつけて食べたらすっごくおいしんだよ。」「ジージがつくれるの。」「できるさー。」

 ふたりで買い物用のビニール袋に重たくなるほどつみ取った。

 味噌をこす器にいれて、小型のすりこぎ棒でごりごりかきまわすと、大きな種だけが残って、水分たっぷりの実はドボドボと下のボールにたまっていった。砂糖を大量に入れ、塩を少々。とろ火にかけてかきまぜながら煮詰めにかかった。

 「できたぞ。さー、パンをかいにいこう。」私はまだグツグツにたっているそれをガスから降ろし、孫と近くのスーパーに出かけていった。

 イチゴジャムのように固くはならなかったので、小皿にいれパンをつけながら食べた。孫と二人で。グミジャムと言うものは初めてだが、甘さの中にスキッとしたすっぱさがあって結構いける。

 八月五日から九日まで、兵庫県西宮市から二十名ほどのキャンプ団が来紋した。本当はコムケ湖畔が宿営地であったが、あいにくその日から気温が下がり連日の雨模様。結局、私の山荘が根城になった。そして都会のみなさんは喜んでグミを食べてくれた。出発の朝、様子を見に行くと、若いお姉さん方があわただしいなか、グミジャムを作っていた。

 「鳥が食べる分は残してありますが、帰路の食卓用として、グミいただきました。」

 グミが鈴なりになるようになってから何年になるだろう。とにかくこれまで我が家でこんなに利用したことはなかった。熟した頃を見計らって、誰かがひとつ残さず持ち去るということがきまりになっていたからだ。それが今年はどうしたことか、そのご仁はあらわれない。いつもいまいましい思いでいたが、なぜか、もしかしたら体調でもくずしているのではないか、といささか気になりだした。まだ少しは残っているから、今年もきてくれていい。もちろん来年も。節度ある摘み方をしてくれるなら文句は言わない。

 キャンプ団の皆さんから、お礼状が届いた。宛先には、私の名前と並んで、グミ様、山荘様と書かれていた。 



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