エッセイ57-Essay57- 1997.08

<生 き る>

 

「あれっ、カラスどもが何かをおそっているぞ」いつものように峠の奥まで足をのばした帰り道、カラスが二羽、ただならぬ形相で木の根本の何かに挑みかかっていた。静かに車を近ずけてみると、そこには小型の鷹が、これまた恐ろしい顔つきで闘う姿勢をとっていた。

 「カラスが、巣立ったばかりの若鷹をおそっているのだな」私はとっさにそう考えた。いっそうそばに寄ってはっとした。鷹のするどい爪の下にカラスが一羽押さえ込まれていた。私の予想に反して、鷹が、巣立ちの練習をしていたカラスを襲い、それを親ガラスが奪い返そうと懸命の反撃をしかけていたのだった。

 それぞれ鳥は子供がある程度自立できるまで、親がつきそっているものだ。特にカラスはその点ひどく神経質であるが、ちょっとした隙をつかれたのだろう。鷹は私をにらみつけるや、ぱっと飛びたった。カラスが怒りの叫びをあげながら追いかけていった。子ガラスはピクリとも動かなかった。

 毎日森にいると、生き物たちの迫力ある攻防を目撃することができる。トンビが野ネズミをしっかとつかまえて頭上を飛ぶこともある。昨年、春に六羽のヒナを連れていたカモが、秋、渡りの直前には一羽しかつれていなかった。

 かれらの日常は一瞬の油断が命取りである。食う食われるの連鎖はじつにきびしいものだ。生き物の美しさは、つねに死と隣りあわせの緊張感が作り出しているのかもしれない。

 私も六十年近く生きてきて、なんとなく緊張感が欠けがちであるが、今一度、重ねた年輪のたがを締めなおし、びしっとした精神を創らねばと思うのである。



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