一体、いつから、日本の若者達はイブに恋人とホテルで過ごすようになったのだろう。何故この日なのだ。イエス生誕を祝う厳粛な日であることは知っているだろうに。この時期テレビなどできまってなされる、一流ホテルの予約状況の報道を見るたび、この野暮な疑問を禁じ得ないのだ。
私は宗教としての「キリスト教徒」ではないから、そちらの行事に参加する事はないが、ここ数年二人の孫に、郵パックでケーキを贈っている。考えてみれば、このことも、若者達の愛の交歓とさして変わらないことになるのかなあ。こじつけていえば、「汝の隣人を愛せ」と説いたイエスの誕生の祝祭なればこそ、常にも増して豪華なホテルで愛し合うことに意味があるともいえるのか。
そんな若者達から、はるかへにへだった世代に属するもののひがみとして、一言いっておこう。あの怖いHIVウイルスは世界中で毎日1万人に感染し続けているのだ。せいぜい気をつけてくれたまえ。
今日はひとつき半ぶりに完全休養となった。十一月中旬、勉強の遅れきったお兄さん達が通常の授業に付いてこれず、騒いでしまう。入試までさんか月少々しかないこの時期に、これではいかんなと、彼ら五,六人のために別時間を用意した。私のあいている時間は土、日しかなかったわけで、それいらい私に休日はなくなった。
私の通常の労働時間は日平均三時間くらいである。よって日曜なしで授業をやったとしてもたいした負担にならないのでは、と考える向きもあるようだ。
ところがどっこいそうではない。その三時間の中に、その日の朝から徐々に高めていったエネルギーを一気にぶちまけるのだ。よって最後の生徒が去ったあと、数時間は家族のものとも口をききたくない。ぼけっと暮らしているようだが、授業のある日は、朝から緊張感を抜かないからそれだけでも、結構くたびれる。
今日は朝から何度も心でつぶやいた。「授業はないのだ。なにごともゆったりいこうぜ」そして夜も更けた今、休日のありがたみをしみじみと感じているのだ。もう年末だから子供達も冬休み。塾も休みにしたいが、三年生は冬季講習で二十六日から二十九日までの四日間は朝から授業。まだまだ気の休まらない日が続く。
今日からインターネットはISN64接続となった。ネットにつないでいると、電話が話し中状態で、外部からはつながらない。子供達から文句を言われ、とうとう費用は掛かるが両方同時につかえるものにかえた。その際、どじを踏んで、使用しない、と設定したジャックに電話をつなぎ、電話がかからない、と NTTに問い合わせたり人に聞いたりと大騒ぎとなった。解ってみればなんてことのないミスなのだが、脂汗ながしながらの原因究明だった。いやはや。
ここ数日続いていた冷え込みも、少しゆるんだ。雪が密やかにまうホワイトクリスマス。来年のイブには私も古女房とどこかのホテルで食事くらいしてみるか。結婚して三十年ほどになるが、女房相手にそういったことなど全然考えずに過ぎ越してきた。罪滅ぼしとして。
明日は森に行こう。雪にくるまれて眠る森の写真を撮りに。