エッセイ64-Essay64- 1998.01

<リス物語(童話)>

  長い冬がまもなく終わろうとしていた。川べりのネコヤナギは明るい日ざしをうけてチカチカ光り、厚い氷に閉ざされていた川も、ところどころ水の流れが顔をのぞかせ、ジョボジョボジョボと小さな音をたてていた。

 シマリス、チョロ太のねぐらは、その小川の近く、大きなナラの根本にあった。いまチョロ太は外にでて動き回ることが出来ず、くらい穴の中でじっと横たわっているのだった。

 数日まえのこと。巣に蓄えたドングリが少なくなってきたので、天気のいいのを幸いと、秋のうちにあちこちに埋めて置いたドングリを掘り出すことにした。木に目印を付けておいたから、どこを掘ればいいのかすぐに解った。

 昼過ぎて、雪の表面が柔らかくなったのを見計らい作業を開始した。二時間ほどで、三カ所掘って巣に運び入れた。「あーやれやれ、これで食料もしばらくは大丈夫だ」ホッとして、額の汗を拭い、足についた泥を雪で洗っていたときだった。シュッという音と共に大きな黒い影が自分めがけて突っ込んできた。「あっ。」必死に身をかわして、巣穴に飛び込もうとしたとき、第二波の攻撃に見舞われた。「うっ。」肩に激痛がはしった。無我夢中で体をひねり、間一髪穴の中に滑り込んだ。

 草のベッドまではいずっていき、大きく息を弾ませながら右肩を見ると、そこはぱっくりと裂けており、どくどく血が流れていた。チョロ太は何とか血を止めようとその傷口を必死でなめ続けた。しかしだんだん気が遠くなりついに気絶してしまったのだ。

 何日すぎたのだろうか。チョロ太は巣穴の入り口付近にかすかな物音を聞き、ビクッとして目をさました。頭がずきずき痛かった。体は熱があるらしくぼーっとした感覚で、力が入らなかった。

 「あー、僕は尾白鷲に襲われたんだ。本当にあぶなかったなー。」チョロ太は徐々に記憶がはっきりして、あの日の出来事をふりかえり始めた。

 「いつもはもっと用心深いのに。そうか、あの日は作業が順調にすすみ、つい浮かれて油断してしまったんだ。」右肩を触ってみると大きな血の固まりが傷口をふさいでかさぶたになっていた。ふかふかした冬毛もごわごわに血で固められていた。恐る恐る右手を動かそうとしたが、激痛が走りだめだった。

 左手を伸ばし、先日運び込んだドングリをひとつ取って口に入れた。一冬雪の下に埋もれていたので、それほどかたくなくておいしかった。そんな状態でさらに数日間巣穴の中で回復を待っていた。ときどき誰かがその入り口から中をうかがっているような気配があった。恐ろしくてじっと息をひそめていた。幾日か過ぎた。傷口がむずかゆくなり、かさぶたがポロポロおちはじめた。「やれやれ、やっと回復がみえてきたぞ。」チョロ太は、少し安心した。いつの間にか、たべものが少なくなってきていた。 「ああー、早くよくならないかなー。またドングリを集めに行かないと、大変なことになるなー。」

 次の日、三本足で巣穴の入り口まではいだしていった。久しぶりにみるお日様は目にちかちかささって痛かった。少しして目が明るさになれたとき、雪のうえに黒っぽいものがいくつか散らばっていた。

 「あれ、なにかな。」近かずいてみると、なんとそれはドングリではないか。

 「これは一体だれが……。」そういえばときどき巣穴の入り口のあたりになにか物音がしたり誰かいるような気配があった。いつも、キツネか誰かが自分をねらって中をうかがっているのではないかと恐れていた。しかしそうではなかったのだ。

 「誰なんだろう。ぼくのことを心配してドングリを届けてくれたのは。」うれしさに包まれながら、そのドングリを穴の中に運び入れた。二日後、また入り口のあたりで物音がした。いためた足を引きずりながら入り口までいって穴からそっと顔を出してみると、紫色の背中がみえた。それは雪の上を軽快に走り去って行くところだった。

 「あっ、あれは向こうの森のミミコだ。」ミミコとはエゾリスの女の子である。エゾリスはシマリスに比べると体はおよそ倍くらいの、耳がつんと立った大型のリスである。毛は紫がかった茶色で腹のあたりが白い色をしている。

 「ミミコはぼくが尾白鷲に襲われたとき、どこかで見ていたんだな。それで心配して時々見に来てくれていたんだ。」チョロ太は嬉しかった。

 チョロ太とミミコはあまり仲が良くなかった。去年の秋、ドングリを集めていたときだって、同じ場所で顔を合わせるとにらみ合ったり奪い合ったりしていた。それは毎年のことでもあった。お互いに嫌なやつだと思っていたのだ。

 次の日から、チョロ太は穴の入り口のところに隠れてミミコの来るのを待っていた。ドングリのお礼を言いたかったのと、これまで喧嘩ばかりして来たことを謝りたかった。次のその次の日、ドングリを入れほっぺたを膨らませたミミコがチョコチョコチョコと軽い足取りでちかずいてきた。チョロ太の巣穴の前まで来ると、コロコロ、ドングリを吐き出してすぐに立ち去ろうとした。

 「ミミコ、まって。いつもありがとう。僕もうだいぶん良くなったから、こんどから自分でドングリとりにいくから。」チョロ太は穴からとびだすと、大きな声で一気にそう言った。

 「あー、びっくりした。そんな大きな声を出すと、また鷲に狙われるよ。だいぶん良くなったみたいだね。よかったね。」

 「ミミコ、今までずいぶん喧嘩してきたけど、ごめんね。僕わるかったよ。」

 「いいの。私こそ生意気言ってごめんね。これからは仲良くしようね。」

 「うん。」二人はペコンと頭を下げあった。

 「ミミコ、あんなにたくさん僕にドングリくれて、自分の分は大丈夫なの。」

 「心配ないわ。去年ドングリたくさんなったから、いっぱいためてあるの。」

 「僕のもあちこちに埋めてあるから、足りなくなったらあげるからね。いつでもいってよ。」 

 「ありがとう。さーそろそろ行かなくちゃ。鷲やキツネに見つかると大変だから。」

  そーいうとミミコはさささっと走り去った。

 「ミミコ、本当にありがとう。」後ろ姿を見ながらチョロ太は小さくつぶやいていた。/おわり

 

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