report

壮年学徒がゆく

文学部1類 52期生  横山紀昭

 目 次1.何故、今大学なのか2.進学の真相>3.学びの中で?

1.何故、今大学なのか

 あれは今から三十七年も前のことになる。無念の想いをかかえて高校に退学 届けを提出したのは。六歳の時、満州からの引き揚げ途中での怪我が原因となって胸腰椎カリエス発病。十歳になってようやくおさまり、二年遅れで小学校二年生に編入学した。それ以来そこそこ治まっていた病状が、十年以上も後に再発し、退学に追い込まれたのであった。それは高校卒業目前、大学入試を控えた人生の節目の年であった。

 その後は高校時代にやっていた家庭教師のアルバイトから発展した、学習塾をやりながら現在に至ったのである。その間、幾度か高校に再入学しようかと思 うこともあったが、決定的な理由も見あたらず、歳月は過ぎた。

 昨年の二月、新聞に載った、通信制高校の生徒募集記事が目に留まった。

 「今更ながらだが、高校に入ってみようかな。」なぜかそんな想いがふと頭をよぎった。

 さっそく私の母校でありこの地域の協力校でもある紋別北高校で詳しい説明 を受けた。私は高校三年の二学期半ばまで在籍していたので不足分の、十七単位を取れば卒業できることを知った。

 「残りがそのくらいならこの際、卒業資格をとってしまおう。」と早速入学の手続きをとり、四月から学習が始まった。

 私は、塾という商売柄、高卒の資格がないことは、それほどハンディにはならなかった。時たま何か資格試験でも、と思った際には、受験できないこともあるにはあったが。だからせっぱ詰まった行動ではなく、この歳にしてまた学問ができることに、心が浮き立った。

 やがて通信による学習の要領もわかり、順調に高校の課題を片付けていた昨年十月、「この際、一気に大学の勉強までやってしまおうか。」と本気で思うようになった。

 田舎に住んでいると情報が少ない。本屋に行っても通信制大学に関する書物はみあたらない。「そうだ、今は、パソコン、パソコンの時代だ。」

 一昨年の「森の詩」出版以来それをベースに自分のホームページをたちあげていた関係で、インターネットには馴染んでいた。検索。もっとも知りたかったことがたちまちにして手に入った。

 「よし、わかったぞ。大学へすすもう。同じ苦労するなら、ブランド志向で慶応だ。」その他さまざま純粋、また不純な動機を積み重ねて慶応に決めた。

 それにしても、情報に関してはすごい時代になったことを改めて実感した。

1.何故、今大学なのか2.進学の真相 3.学びの中でTOP

2.進学の真相

 ここまでが表向きの大学進学の動機であるが、実はもう一つ隠れた本当の訳がある。

 私は若い日、ある宗教に入っており、成長するにつれ、教団組織の矛盾に悩 まされ始めた。やがて二十五歳のとき、ある人に出会い、その人を師に、ハイデ ッガー哲学に没頭するこことなった。十年後、師は脳溢血で亡くなったが、私は 独習で四十歳までの十五年間、常軌を逸しような猛勉強を続けた。当時手に入った三十あまりの作品をどれも百回以上、読みそして書きを繰り返した。

 昭和五十五年以降、頭に相当の疲労も溜まり、また自分の学んだものが、実社会においては何なのか見極めたくなり、勉強を離れ、様々な社会活動に参加するようになった。

 そしていつしか十八年が過ぎていた。心身の疲労もかなり回復した。特にここ数年にわたる自然を話し相手とした作品群は、私のいやされてゆく経過を表現 したものだとも言えよう。これまでの道において、いろいろ見えたものがあり、 再度ハイデッガーに打ち込みたくなっていた。昨年いらい私にまたもや学びの時 が訪れ始めていたにちがいない。まさに、時は満ちたのだ。

 それ故、本心は哲学だけをやりたい。しかし大学では様々な分野を学ばなくてはならない。それはそれで大切なことだから、しっかり学ぶつもりだ。大学院に入らなければ専門分野に没頭できないのだろう。だから宇宙ロケットではない が、大学での諸分野の学びを一段目のブースターとして、その先、いずれ本当のねらいである、ハイデッガー哲学にたどり着こうとの計画なのだ。

 人生とは、様々な意味において、生涯にわたる学びの旅だと思う。この夏のスクーリングに参加して、私より遙かに先輩の方も何人か見受けられ、

「本当にボケッとすごすことはできないなー。」改めて刺激を受け直した次第であった。

 |1.何故、今大学なのか2.進学の真相 3.学びの中でTOP

 3.学びの中で

 実際に勉強が始まってみると、大げさな野望を述べ立てても、結局一人では何もできないことがわかった。提出課題にしても、科目試験にしても、どこからも情報が入らないとしたら、頭をかかえているばかりだったろう。先を行く多くの学友達に助けられた。

 サマースクーリングにしても、家内の助けがなければ立ち往生したに違いな い。彼女は炊事洗濯他、毎朝カバンと弁当をもって、時には傘をさしかけながら教室まで来てくれ、汗が引くまで、ウチワで扇いだり氷で冷やしたりと、何につ けても手間のかかる生徒をよく世話してくれた。

 隣の人から「夫婦仲がとてもよろしいですね。」などと冷やかされた。

 それらのおかげで十八日間にわたるスクーリングを無事終えた。 

 哲学を志向しながら通常の学問もやることは、ある意味では、遠回りの道中だとは思うが、まず、とにかく勉強することが楽しいのだ。また人類が苦労しな がら長い年月をかけて積み上げてきた学問は、どの分野もそれぞれに人間の本質 が反映されていると思えるようになった。ようは学ぶ側がそこから何を学び取るかだろう。そこに書かれたことを単に知識として受け取るのか、その分野を極めようと、寝食忘れて打ち込んだ学的実存の姿勢も共に学ぶのか、さまざま学び方 はあるだろう。

 人生で出会うものには無駄はない。無駄にしてはならない。これがわたしの現在のモットーである。

 これから卒業まで、いやそれを越えて、我が人生の続く限りは、多くの人々の手助けをうけながら学びの日々はとぎれることはない。

 これまで、学問の道は孤独だ、などと意気がってきたが決してそうではない 。それは家族、親、きょうだいなど周囲の大きな愛情の中でこそ可能なのだ、実感しながらの日々である。  

1.何故、今大学なのか2.進学の真相 3.学びの中でTOP