エッセイ73-Essay73- 1998.12

<私の流氷>

 「あれっ、流氷本体が接岸しているぞ。」二月中旬のある朝、海を眺めて気が付いた。氷平線がはるか彼方で冬晴れの空と境を分けていた。それは十年ぶりに見る風景であった。私はカメラバッグを担ぐや港へと急いだ。この冬から就航した砕氷観光船ガリンコ号Uに乗るためであった。 

 オホーツクの海氷はなかなか難敵だ。ほぼ満員のガリンコ号は、バックしてはぶつかる、それを繰り返しながら、ようよう湾外に出たが、ほとんど先へは進めず、あたりをうろうろするばかりであった。私は夢中でシャッターを切った。氷原を吹きすさぶ風はぴしぴし体を締め付け数分で耳は感覚をなくした。

 長年陸上からこの景観に親しんできたが、この船のおかげで、氷原のまっただ中に侵入し迫力満点の表情を観察し堪能できる。何と胸のすくことだろう。

 流氷が発生するメカニズムは、一口に言えるほど単純ではないが、アムール川の水がオホーツク海の塩分濃度を低くするということも要因の一つである。その大河アムールの源流部の一つに、数千キロ上流、中国東北部の大シアンリャン山脈がある。その南端にはホロンバイル高原がゆるやかに波打ち、そこには私の生まれ故郷、五歳まで暮らしたハイラル市がある。

 家のすぐ近くを大きなイビン川が流れており毎日、仲間たちとナマズやフナを釣ったり、小魚をすくって遊んでいた。深みにはまっておぼれたこともあった。母は草に一歳の弟を寝かせ、川べりで洗濯に精をだしていた。

 今、目の前に茫漠と広がっている流氷は、懐かしい岸辺を洗ってきた水をふくんでいるのだ。だから私にとってそれは、思い出を伴い古里の便りを運んでくれる「私の流氷」にほかならない。

 私は使者との交歓のほかもう一つ心の作業をした。気象と水の織りなす一大芸術、その神秘的な迫力に圧倒され、精神の奥底に巣くっていた小賢しい己を、氷の裂け目に投げ捨てたのであった。

 



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