エッセイ76-Essay76-1993.05

<見わたせば>

 バブルがはじけて十年。いまだ日本経済はその後遺症のまっただ中。金融機関は、多大な不良債権を抱え、大胆な合併やリストラなど、必死の建て直しを計っている。

  かつて世界に羽ばたいた大企業群は、続々撤退を開始している。

 諸外国からは、内需拡大型経済への転換を厳しく迫られているが、不景気風は国内の隅々にまで吹き荒れ、いつおさまるのか、みとうしもたたない。耐えかねて倒産する中小企業も増え続け、当然の失業率増大。

sakura
 連日、内外各地に戦争や忌まわしい事件絶えることなく、また過去に生じたいくつものおぞましい出来事の裁判報道。四十、五十歳代の自殺者急増。等々。
 右にも左にも明かりが見えない世の様。重い気分の中で日常は過ぎていく。
 だが、時はいま、まさに初夏。野山の緑は鮮やかに燃え、山桜やコブシが明るい光のなかで穏やかに揺れる。草陰には、ヒメイチゲ、ツボスミレ、エンレイソウが密やかに虫どもと戯れ、命の営みにいそしんでいる。
エンレイソウ

 冷涼な風は子らの黒髪とたわむれ、沖合で漁る小舟のエンジン音を運び来る。森をゆけば、ウグイス、ツバメなど、この時期、この地で過ごす小鳥達はほぼ揃い、愛の巣作りに励んで、残すコッカウの音と、水辺の宝石、カワセミの瑠璃色を待つのみである。

 そうだ、すこし眼を開いて見回すと、われらの日々は、知る知らずに関わりなく、大いなる生命(いのち)の営みにくるまれながら行われているのだ。

 疲れた足取りで家路をたどる頭上には、茜の空が広がって、今日のはたらきを優しくねぎらっているのだ。

草陰に スミレいちりん 仏かな


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