Forest of OKHOTSK
エッセイ26-Essay26-   06.08.1996

<花に呼ばれて>


 六月からずっとどんより曇ったり霧に覆われたりと、寒い日が続いていたが、ようやく七月末にきて、半袖がほしくなる気温になった。しかしなかなかお日様は顔を見せてくれない。森の中も湿った風がゆらいでいて、ただ歩いているだけで、額が汗ばむ。
 私は毎日カメラを肩に草むらをのぞきこみながら歩いている。一週間まえのオオウバユリ発見の余韻がまだのこっていて、次なる大発見がないかと、眼は落ち着かない。
 昨日、遊歩道を右により、左に立ち止まりしながら、ゆっくり歩をはこんでいた時だった。たったいま通過した左後ろからかすかな呼び声を聞いた。おやっ、と思い二、三歩後戻りして、杖でササを押さえ込んでみた。
 おっ、これはこれは。おまえか、いまオレを呼んだのは。写してもらいたいんだな。
 そこには可憐な花が五、六本、ひっそりとたたずんでいた。えーっと、これは確か、イチヤクソウ(一薬草)ではなかったかなー。
 私は野草図鑑を六冊もっていていつも眺めているので見覚えがあった。 卵のカラ程のやや円形の葉が地面につくように生え、真ん中から二十センチ足らずの花茎がのび、それに五、六個、ないし七、八この薄緑の丸いつぼみがついていた。
 いやー、またお初の花だ。私は喜んで肩からカメラを降ろし、撮影にかかった。草の中に座り込み、その小柄な花に焦点をあわせるのはなかなか、しんどい作業であった。汗がしたたり落ち、ファインダーはくもる。蚊がどこかまわず刺しにくる。しかしそれらに気を奪われることなく、様々なアングルで一心に撮影を続けた。
 この花は名前の通り、人々は生のまま摘み取り、その汁を切り傷の薬として、また、陰干しして脚気(カッケ)の治療薬としても使うことがあったものだ。いまはそんなこと知る人はほとんどいなくなってしまったが。
 夏がはじまる頃からずっと待っていたクルマユリも咲き始めた。森の中は日当たりが良くないので、花は一、二個くらいしか付かないが、道ばたの草むらには、二十個ほども花が付いた大きなものがある。
 花びらがくるっと反り返って雄しべが数本ポンと前に突き出ていて、なんともかわいらしい。野の花は白、黄、紫は多いが、赤系は少ない。だから深緑の草の中にこの花が見えると、ウキウキ嬉しくなってしまうのだ。勿論、私のシャッターが彼らの絶妙の瞬間をとらえた。
 このほか、あの巨大なエゾニュウや四つ葉ヒヨドリ、オオイタドリ、ウドなどがもう間もなく開きはじめる。私は彼らの到来を首を長くして待っているが、彼らもわたしに撮影して貰うことを期待しているのだ。これは私の想像ではなく、確信なのだ。
 この調子で秋まで追うと、一冊のアルバムではおさまりきらないだろう。それにしてもこれほど多種多様な草花が我が森とその周辺に咲いていたとは、この二十年間、ついぞ知らないことであった。


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