Forest of OKHOTSK
エッセイ29-Essay29-   26.09.1996

<大蛇、小蛇、熊>


   奇妙な天候のこの夏であったが、八月中旬以降、そこそこの気温と晴天がもどってきた。しかしすでに九月も半ばを迎え、秋に滑り込んでしまっている。白樺は黄変し、あしもとに葉をふりまき、森の中は小鳥のさえずりもとっくに絶えて、深閑としている。そんな森の中を私はあいかわらず歩きまわっている。このごろは新たに咲きでる花もめっきり減って、ねらいをキノコに変えなければならなくなってきた。
 三日前のことだった。八月末、黄色いアキノキリンソウを見つけて以来久々に、蔓草(つるくさ)に咲いた可憐な花を見つけ、すぐに撮影にかかった。時間をかけ、いいアングルを細工し、二枚撮った。「やれやれ、これでよし。では森の奥を見に行くか。」立ち上がって一歩踏み出した。私は観察のためと、杖をついているせいで、いつも地面をみながら歩いているのだが、目の前に青っぽくてこまかいがらの、ほそ長いものが横たわっていた。
「あれっ、なんだ」瞳をこらすと、まさしくそれであった。春から家のまわりに居着いて、今では二メートルほどにもなったあの大蛇ではなかったが、七十センチくらいの青大将だった。
 「こいつ、なんてことだ、オレの遊歩道に侵入してきたとは。」私は杖でしっぽのあたりをたたいてやった。奴はぐにゅぐにゅと動いてかっと身構えた。いかに小型とはいえ、あまり気分のいいものではなく、私は大声でどなりながら激しく地面を打ちならした。
 「おまえを、ネズミ取り係りに任命してやるけど、今後おれの前に姿を見せるな。こらっ、わかったか。」相手は攻撃態勢をとったまま身動きしなかった。
 「よーし、そんな生意気な態度をとるならこっちにも考えがあるぞ。」私は怒鳴りつけながら後ずさりし家に戻った。そして棚にあった五連発の花火をを手に、そろりそろり元のところに戻ってみると、奴はまた草の中に頭を突っ込んで体を長く伸ばしていた。ライターで点火しねらいを付けた。しゅっしゅっと火玉が飛び出し体の前後に着弾した。


 「さっさとどこかへいってしまえ」私は大声で命令した。奴はノロノロ枯れ草の中に姿を消していった。  その直後からずっと考え続けていた。どうやって遊歩道から追っ払うか。そしていいアイディアを思いついた。今度みつけたら殺虫剤をかけてやろう。死ぬことはないだろうがきっといやがるに違いない。何回か繰り返したら学習効果で奴は私の前には姿をみせなくなるだろう。
 そしてこの二日間、私はスプレー缶を手に油断無く遊歩道を歩いている。しかしどこに行ったかまだ遭遇していない。でも必ずどこかで鉢合わせをするはずだ。そして、大型のあいつにも、今度会った時は殺虫スプレーをかけてやろう。
 本当は私の方が彼らの住処(すみか)に侵入しているのだから、非はこちらにあることは間違いない。でも人間のわがままではあるが、やはり私がふだん使わない場所にいてもらいたいのだ。今日の帰り際、樹木達に、蛇どもに移住の勧告をしてくれるよう頼んできた。
 これは五日前のこと、花をさがしながら家の裏手を歩いていた際、ぼうぼう延びた夏草の不自然な倒れ方が目に止まった。「あれっ、これはどういうことだ。」私はつぶやきながら近ずいた。誰かがキノコ採りに入ったのだろうか。よく見ると直径二十センチくらいの円形に草が踏みしだかれている。それが二カ所あってその先に、大きく丸く草がたおれていた。


 「ややっ、これは人間の足跡ではないが、といって牛でも鹿でもないな。こんな形跡をのこすのは、あいつしかいないぞ。でもこんな所まで出てくるだろうか。」私は気味が悪くなってあたりをキョロキョロ見回しながら、怪しげな跡をのこした犯人について思いをめぐらせていた。
 今年は春先から街の近辺に熊が出没しているニュースがながれていたし、我が森から意外と近いところで、熊に襲われ、命がけの格闘のすえ、かろうじて助かった人のことが市民の間で大きな話題となっていた。
それ故このあたりに出てきたとしても不思議はないが、この二十年間、熊の気配を感じたことはなかった。私は常々語っていた。「川向かいや、上流に牧場があるから、そこでビーフステーキ食べて、ご機嫌で帰って行くから、ここにはこないよ。」
 しかし今その自信は揺らぎ始めた。その場所はラクヨウキノコが採れるところだ。川へサケを獲りに来て、まだ姿が見えないので、キノコを食べにきたとも考えられる。今年は時期遅れながらラクヨウキノコが意外と多いようだから。
 今月末、山小屋に十人ほどのお客さんを迎えることになっている。皆さんに大蛇や小蛇そして熊サンのことは黙っているか。うーん、いささか良心がとがめるけれど、余分な恐れは与えない方がいいのではないか。よし、そうしょう。
 いやはや、なんとも難しい年になったものだ。


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