Forest of OKHOTSK
エッセイ32-Essay32- 01.11.1996

<空を見たか>

 あー、あれは象だ、つぎにやってくるのはワニ、そしてウサギにカメも。今度はドーナツだ、ややっ、葉巻型UFOも現れたぞ。
 私は空を見上げながら、次々通過していく雲に無邪気な歓声を上げていた。空は十月後半になると青さがぐんと深くなり、偏西風のスピードも大幅に上がるせいで、わたりゆく雲の動きがおもしろい。
 吸い込まれそうな青色を覗き込んでいた時、「久しぶりだなー。こうして雲の観察するのは…」そんな呟きが心のなかに聞こえてきた。
 そうだった。子供の頃、何故か空に関心が強く、いつも屋根にのぼっては空をながめていた。だから短期の天気予報なら結構な確率で的中し、兄弟達から重宝がられていた。 
高校時代の後半、心身ともに悩みが深まっていった時も、草に寝転び暗い目で空を見詰めていものだ。あれからすでに三十五、六年。

 私はまた戻ってきた。この秋に。
 十月下旬、紅葉が例年に無く鮮やかで、私は連日あちらこちらの峠に車を走らせていた。
 そして紅葉に飾られる山々を一層引き立たせているのは、空の青さであることに気が付いた。そこには忙しげに西から東に向かう雲の、絵画展が開かれていた。
 雲は刻々と姿を変える。それは風に押されて激しく練りまわされるせいでもあるが、そればかりではない。
 ある日、ぐんぐん近ずいてくるふかふかの千切れ雲を眺めていた。何の絵を描いてくれるか楽しみにしながら。ところがそれは形をくずし間もなく青空の中に吸い込まれきえた。
あーっ、私は思わず声を発した。雲はどこまでも、そうずーっと遠くの方まで流れていくものだと思い込んでいた。ところが千切れ雲はよーく見ていると、次々消えていくのであった。
 じゃあ一体、千切れ雲はどこから来るのだろうか。 ふと疑問に思い、西の空に探りをいれた。しかし綿菓子を千切っては投げ、するような雲の本体はみあたらない。
 それなのに気ずくとまた雲のかけらがやってくる。よーく見ていると、それは大空が手品師となって、何も無いところからぽい、またぽいとそこらに雲を投げ散らかしているのであった。
 これを目撃していらい、私はすっかり空の虜になって、風の冷たさを忘れ、あほげた顔で見上げることになってしまった。
 空が青いことは誰でも知っている。しかしその青さだって一様ではない。
 十一月下旬、たとえ快晴であっても、本当に空は暗い。深い深い淵のように青が支配する。
 正午頃、頭上は怖いような濃いルビー色。しかし北に行くにつれその色が薄れ明るく緑がかってくる。
 水平線あたりは、そう、南の珊瑚礁の海そのものの、エメラルドグリーンに輝いているのだ。南は極薄の白いベールが掛けられている。
 煌煌たる天空と雲が織り成す初冬の一大芸術展が、忙しげに立ち働く人々の頭上で今日も雄大にくり広げられている。
 森が眠りに入って以来、私は、もう今年の楽しみは終わったといささか寂しい想いでいたが、再び、大空に声をかけられ、嬉しい嬉しいの毎日を迎えている。


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