エッセイ44-Essay44- 1997.05

春は森

 春は森こそおかしけれ。雪のまだ残りたるを突き、ふきのとふの顔出したる。

草ぐさ、あはてたるごと日々延びきたり、梢の薄緑にけぶりたるが、朝夕色の違へるほどに変はりゆく。

 春は空をかけ、北の果つる国々まで、ぬるき風送る。小鳥たちの声、日増し

に森に満ち、にぎにぎし。街のカラス、ゴミあさり、いさかう声、いとまがまがしくあれど、遠くの森に響くその恋歌はいと心地よくたのし。

 雪の疾く消へたれば、はやヒメイチゲの白き姿、森の日向に揺らぎ、その香鼻に甘し。小さきはこべなど常には珍しくあらねど、春一番にきたれば、いと麗しくぞ思ふ。枝打ちなどしたる後、飯丸く握りたるをはみ、白樺のしたたるつゆ飲みたるも、いと嬉し。このつゆ、身に益あると思へば一滴(ひとしずく)たりとも無駄にすまじ。

 去年(こぞ)の春、このころ、ウグヒスの声聴きしかど、未だその声なくて、首の長くのびるほどに待ちゐけり。しかあれど、カモのつがひ森をかすめ巣づくろいに励むと見へたり。その雛のあれいづるを、心うれしく待つなり。

 われ、外国(とつくに)より伝はりしカメラなる利器持ち運び、草に伏し虫の来たるも厭わず、パチパチと心地よき響きたて赤きまた青き花撮りをり、 早朝(つとめて)など眠気の残るまなここすりて床より急ぎいでぬ。

 1位の女房、あやしきふるまひなり、といひつのりけるが、げにこざかしきしはざなり。


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